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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ヴィトゲンシュタインの甥』トーマス・ベルンハルト

ドイツ文学 ☆☆☆☆

[ウィーンに生きた]
Thomas Bernhard Wittgensteins Neffe , 1982.

ヴィトゲンシュタインの甥―最後の古き佳きウィーンびと

ヴィトゲンシュタインの甥―最後の古き佳きウィーンびと


 オーストリアの作家ベルンハルトが、ヴィトゲンシュタインの甥である親友のことを描いた、ウィーン小説。なぜか音楽之友社のシリーズから出ているが、ほかが「ウィーン・オペラ」とか「ベートヴェン」とかなのに、本作だけびみょうに浮いている不思議。

 ヴィトゲンシュタインといえば、「語りえないことについては、沈黙しなくてはならない」と言った、論理哲学者、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタインのことに他ならない。ベルンハルトは、哲学者の甥でウィーンではいろいろな意味で著名だったパウル・ヴィトゲンシュタインと、得がたい友情を築いていた。

 この本は、ウィーンに生きた人びとのゆかいな逸話に満ち満ちている。ベルンハルトは、文学賞を受賞した時に、「人間はみじめであり、確実に死ぬのだ」という弁説をして大臣を怒らせ、田舎を心の底から憎み、雑誌を買うために何百キロも探し回る。
 パウルはパウルで、ウィーンからパリまでタクシーで行き、オペラ狂で、何度も精神病院にぶちこまれるなど、いちいちやることが大味だ。ベルンハルトのひねくれっぷりと、パウルの自由っぷりがおもしろい。とにかく周りとなじめないこの二人は、なじもうとも思わずに、愚痴をつきまくりながらも、ウィーンの都会をさまよい遊ぶ。

 読んでいて、ウィーンはすごいところだなあとしみじみ感心する。優雅に変な国。オペラを愛し、芸術を愛し、美を愛する。とりあえずカフェにいってトルテを食べる。さすが、異民族を取り込む目的を、武力でも圧力でもなく、美しい建造物と芸術で実行しようとした国である。

 この本は読んでいて愉快だが、かつ深い哀惜がある。「人間は死ぬのだ」と作品で示した作家が、友人の死には向き合えずに逃げた。この矛盾があまりにも人間くさくて、ただの思い出話だけではない印象的な読後感になっている。
 題名わりとそのままの話。ヴィトゲンシュタインの甥、最後の古き佳きウィーンびと。


recommend:
オーストリアの作家。
トーマス・ベルンハルト『消去』・・・「人間はみじめで、必ず死ぬのだ」
アーダルベルト・シュティフター『水晶 他三篇―石さまざま』・・・日常を描く。
フェツジェラルド『グレート・ギャツビー』・・・葬式の閑散さ。


ついでに「ヴィトゲンシュタインの叔父」について追記。

論理哲学論考 (岩波文庫)

論理哲学論考 (岩波文庫)


ヴィトゲンシュタインの甥』では、「ぼくのおじのルードヴィヒ」というくらいで、ほとんど登場しなかったヴィトゲンシュタインだが、この人もこの人ですさまじい。本書の中では「パウルと同じくらい狂人」と言われている。まあ否定はしないが。

 その昔、『論理哲学論考』を独学で読んだことがあるが、もう信じられないほど面倒くさい本。すべて箇条書きで、とても薄い本なのに、1ヶ月かかった。それでもざっくり読みだからいやになる。
ごちゃごちゃとある哲学的命題を、「語るべき命題」と「語るべきでない命題」に分類して、余計なことを考えるのは意味がないと言った本だと私は理解しているが、とてもではないがそれこそ語るべき言葉は持たない。

 私にとって、この本から学んだすてきなことは、「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない」という極上の言い訳にすぎない。