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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ソラリスの陽のもとに』スタニスワフ・レム

[理解しあえなくとも]

Stanisraw Lem SOLARIS ,1961.


 理解しあえない相手に対して、人間はどうふるまうか?ポーランドのSF作家による、魂の震えるような名作。

 やっと読めたソラリス。SF読みの妹が買ってきて、すすめてきた。風邪でダウンしていたので、なんとはなしに読み進めてみたのだが、これが本当おもしろい。かじりついて読んだ。おかげでレポートの仕上がりがすっかり遅れたが、後悔はしていない。

 あらすじ。舞台は宇宙。異常軌道を持つ惑星「ソラリス」を発見、さらにソラリスで知的活動を行う「海」を発見した人類は、あらゆる方法をもって「海」の正体を解明し、接触をはかろうと試みる。しかし、ソラリスの海は、人類の「理解」の枠を完全に超えた存在だった。さびれていくソラリスの観測ステーションに、ひとりの学者ケルビンが到着する。ステーションは、どこか異常な雰囲気に包まれていた。
2人しかいない研究者も、なにかにおびえているように見える。そして警告。

「慎重に行動しろ……どんなことがあっても取りみだすな。落ち着いていろ。そんなことは不可能だということはぼくも知っている。でもきみはやってみろ。それがただ一つの逃げ道だ。ほかに方法はない」

そしてある朝目覚めてみると、横には自殺したはずの恋人ハリーの姿があった。……


 この本は、本当にいろいろな読む切り口がある。私にとっては、人間が持つ「ものさし」の話であり、「神」の話であり、愛情の話でもある。
 人は、常に自分のものさしで他者をはかろうとする。かつて描かれた宇宙人との文明戦争、もしくは交流というのは、人間と同じコミュニケーション機能を持つ、という暗黙の大前提があった。
 しかしソラリスはそれを持たない。地球上の分類法、科学のどれでも理解ができない。そんな理解不能のものに出会った時、人間はどうするか?人間中心的な視線と分類主義、帰納主義の学問への、レムの冷静な視線には舌を巻く。


 ソラリスは、人間を救うでもなく、罰するでもない。「私への罰なのか!」「海は私をなぐさめているのか?」人はさまざまな憶測を立てて、怒り、恐れ、嘆き、祈る。この態度は、そっくりそのまま「神」への態度でもあると思う。

 望めば願いを叶えてくれる神や、人間の祈りに答えてくれる神は、基本的に「人間の心が分かる」という前提で作られている。
 だけど、本当により大きな存在=神がいるのだとしたら、この広い宇宙の小さな人間の心なんて、どうでもいいのではないだろうか?ケルビンいわく、ソラリスは「不完全な神」で、気まぐれで人の嘆きに答えない。遠藤周作『沈黙』を思い出す。「神は人の嘆きに答えず、沈黙するばかり」。

 だけど、こういう不完全な神は、「可能性」という救いを持っている。気まぐれで、人の心を知りもしない。だからこそケルビンは、もう一度彼女に会えるかもしれない、という望みを託すことができる。レムの示した神は、サイコロ遊びをするのである。


 人間だって、おそらく本当の意味で理解しあうことは難しい。須賀敦子さんの好きな言葉を思い出す。「人を理解するのには塩一トンを使い切るくらいの長い時間を必要とする」。孤独でも、理解はできなくても、たぶん愛することはできるんだよなあ。もし私がソラリスに行ったとしたら、誰が目の前に現われるのだろう?……

 たとえ違う存在であると分かっていても、かつて愛した人間を、人は愛さずにはいられない。そしてそうした人間たちの悲劇や喜劇をよそに、ソラリスはただそこにあり、人と海は互いに理解しあわず、互いの存在がとなりにあることを知るばかり。

 いろいろ考える本だった。とにかく今年読んだ本のベスト入り決定。


recommend:
異性人との接触もの。
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