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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ゴドーを待ちながら』サミュエル・ベケット

フランス文学 アイルランド文学 ☆☆☆☆☆

[ひますぎる]
Samuel Beckett EN ATTENDANT GODOT 1952.

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

「もう行こう」
「だめだ」
「なぜさ?」
「ゴドーを待つのさ」
「ああ、そうか」


 2人のおじさんが、ただひたすらゴドーを待つ、待ちぼうけの悲喜劇。ベケットは、アイルランド出身のフランス語作家である。彼は『ゴドー』をフランス語で書いた。

 ぷーたろうのおじさんたち、ウラディミールとエストラゴンの会話の、ぐだぐだのナンセンスっぷりがすばらしい。ポッツォとラッキーの謎の二人も掛け合いもおもしろい。暇つぶしのために、首をくくってみようとしたり、帽子を高速で取り替える遊びをしたり、片っ端から言うことなすこと忘れたり、転んだら起き上がれなかったりする。動くと言って動かない、しょっちゅう「沈黙」が入るところなんかは、なんだか、ファミレスで時間をつぶす時とそっくりだ。

 ゴドー=ゴッド説もあるらしいが、別にそんなことはどうでもいいような気がする。たぶん「ゴドー」は、深読みできそうでできない、というか、すれば徒労に終わりそうな作品だ。作品に何か明確な意味を求めたい人や、まじめな気質の人と本作は、すごく相性が悪いだろうと思う。

 だけどたぶん、長期的な目で見れば、人生はこんなものかもしれない。ひまをつぶすため、待つために、一見合理的に見えるけれど、習慣となっている挙動を繰り返すばかり。そして待っているはずのものは来ない。

「われわれは退屈しきっている」
「われわれが現在ここで何をすべきか。この広大なる混沌の中で明らかなことはただひとつ、すなわち、われわれはゴドーの来るのを待っているということだけだ」

 人生は浮き沈みを繰り返す暇つぶしで、内容などありはしない。ものすごく現代らしい作品だ。これは本当におもしろかった。


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