キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

[失い続ける]
Kazuo Ishiguro NEVER LET ME GO, 2005.

わたしを離さないで

わたしを離さないで

「何か大事なものをなくしてさ、探しても探しても見つからない。でも、絶望する必要はなかったわけよ。だって、いつも一縷の望みがあったんだもの。いつか大人になって、国中を自由に動き回れるようになったら、ノーフォークに行くぞ。あそこなら必ず見つかるって……」


 日本生まれ、イギリス育ちの作家による、失い続ける若者たちの物語。

 人間、生まれる環境は選べない。王侯貴族の中に生まれるのも、貧民街の片隅に捨てられるのも、選ぶことはままならない。もし自分が生まれた位置が、血縁、未来、友達、恋人を失い続ける場所だったのだとしたら?

 そんな場所は現実的ではないが、だから本書は近未来のような世界観で語られる。「介護人」「提供者」という言葉と、淡淡とした口調の中からただよう違和感から、ある程度「どういう世界」であるのか、想像はつく。


 残酷な位置づけに生まれてしまった若者が、どう生きるかという話。正直に言えば、こういう位置に生まれた子供が、こんなに純朴に育つかと疑問に思う。浮世離れした性格なのはともかく、自分の運命に疑問を抱くことも抗うこともない?

 主人公たちは、「生きよう」とするけど、「生き延びよう」とはしない。「一縷の望み」を抱いた若者が、その望みすら失ってしまって、それでも従って生きる。なんとも、もどかしくて、ぐにゃぐにゃする。

 比較的よくできていると思うけれど、個人的にはあまり好きじゃないタイプの物語だった。ほかにどうにかならなかったのかと思ってしまう。たぶんこのテーマを扱う物語の選択肢はいろいろあると思うけど、カズオ・イシグロの選択は、好みではなかったんだろう。

 宿命に抗わないという選択は、いろいろ考えるものがある。本書の出した回答は、自分の背負うものに従うけれど、かいま見える本心は「Never Let Me Go」だったという。それでも、つかの間願うだけ。もやもや。

 ロストコーナーのエピソードが好きだった。失ったものを取り戻せる場所。希望の住処であり、終着点でもある。

 「絶望」と「一縷の望み」は、0と1の間、生と死の間のように、ぎりぎりまで近づいても互いに届かない、深い溝がある。本書はたぶん、そこらへんの境に近づこうとした。


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