キリキリソテーにうってつけの日

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『ねじの回転/デイジー・ミラー』ジェイムズ

[白黒つけない]
Henry James DAISY MILLER , 1878. THE TURN OF THE SCREW , 1898.

ねじの回転デイジー・ミラー (岩波文庫)

ねじの回転デイジー・ミラー (岩波文庫)


 アメリカとヨーロッパを知る、アメリカ人作家による物語。英米文学の授業では、必ず出てくる古典中の古典。19世紀のクラシックさと、プロットの上手さがあって、なかなか読み応えあり。

 ヨーロッパとアメリカ、幽霊の実在と不在、どちらも白黒つけないジェイムズの中立っぽい立場がおもしろい。


『デイジー・ミラー』:
 多文化に触れるということは、深く踏み込めば踏み込むほど、二束のわらじをはくようなもので、なかなかバランスをとるのがむずかしい。

 たとえば、外国に旅行にいった時、旅行者はどういう態度をとるか?
どっぷり異文化にはまろうとする人、現地のしきたりに従いつつも旅行者である自覚を忘れない人、自国での生活をそのまま持ち込もうとする人、などなど。

 『デイジー・ミラー』で描かれた若いアメリカ女性への視線も、つまりはこうした態度の違いに基づく。アメリカでは普通であるデイジーのふるまいは、ヨーロッパでは「はしたない」と歓迎されない。そうした見解の差異の中で、「本当はどっちなんだ!」と迷う主人公。あのはさまれっぷりは、中間管理職のような、やるせなさが漂っている。結局、ああだこうだと悩んだ主人公だけど、本当はいたってシンプルな話だったわけで。

 ヨーロッパとアメリカは容易に相容れない。男と女の心もそれに同じ。
 

『ねじの回転』:
 イギリスは、ピューリタン革命の歴史を持つキリスト教圏だが、その昔から幽霊、妖精が日常生活に根づいている不思議の国でもある(ハリーポッターがうまれたのは偶然ではない)。

 さて、そんなイギリスでの幽霊話。田舎の屋敷につとめることになった女性家庭教師が、お屋敷で男女の幽霊を見る。どうやら、幽霊は邪悪で、屋敷にいる二人のかわいい兄妹を連れて行こうとしているらしい。子供を悪鬼の手から守らねば! と奮闘する彼女の手記から話は進む。

 やられたなあと思うのは、主人公の女性の主観を、あっさりと受け入れて読んでいるうちに、だんだん「あれ?」と思ってくる「認識のズレ」。幽霊が悪い、子供たちもグルだと思い込んでいたのに、それがクライマックスにいくにつれて、だんだんわからなくなってくる。果たして、幽霊はいたのか、いないのか?

 「私」と「他者」の認識がずれた時、どちらかは「狂気」となる。白黒は、最後までつけられないまま。


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