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『ムッシュー・テスト』ポール・ヴァレリー

[不可能の紳士]
Paul Valery MONSIEUR TESTE , 1896.

ムッシュー・テスト (岩波文庫)

ムッシュー・テスト (岩波文庫)

 20世紀フランスの知性と呼ばれた、詩人ヴァレリーによる、不可思議な紳士の文章。「ムッシュー・テストと劇場で」「ムッシュ・テストの航海日誌」など、いくつかの連作からなる。

 「文章」とあえて呼んだのは、小説ともつかず、物語ともつかず、しかし奇妙に印象的な文章の束だと思ったから。哲学のような、訓戒のような? 何かとてつもなく核心めいたことを言っているようで、それでいて理解の枠をさらりと踏み超える。まるで錬金術師の日記を見ているような、そんな変な読後感だった。


 本書は、ムッシュー・テストという、まるでつかみどころのない、どこか人間離れしている一人の紳士について、さまざまな角度から描いている。

 「この種の人間の生存は現実では数十分以上つづくことはできないだろう」

 ムッシュー・テストについて、序で述べられている言葉。そして問いが続く。

 「なにゆえにムッシュー・テストは不可能なのか?」

 「心はひとつの無人島」「神なき神秘家」「胸像のない人間」……このほかにも、彼について述べられる言葉は、謎めきに謎めいている。

 主張もなく、執着もなく、迷いもない人間。もし本当にこんな人間がいるのだとしたら、およそ言葉で語るのは不可能だと思うし、一方で彼は文学の中にしか存在しないとも思う。
 ムッシュー・テストみたいな人がもし近くにいたら、いやおうなしに引き込まれてしまうような、引力を持っていると思う。でも、友達にはなりたくないし、なれそうもない。
 ヴァレリーは難解な作家と称される。 彼が生涯かけて取り組んだ「自己の鏡」でもある「ムッシュー・テスト」。本書は、彼の思考の深淵をぽかりとのぞかせる。


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