『死都ブリュージュ』ジョルジュ・ローデンバック|町と自分と彼女の区別がつかない
彼女は彼にとって、生きうつしの、明確な姿をした思い出だった。 ——ジョルジュ・ローデンバック『死都ブリュージュ』
町と自分と彼女の区別がつかない
ベルギーの画家フェルナン・クノップフによる『見捨てられた町』*1を見たとき、なんて幻想文学の表紙にうってつけの絵だろうと思った。水際は建物にまで侵食し、すでにこの町は空っぽである。時計の針はとまっている。鳥のはばたきひとつ、風のうなりさえ聞こえない。
この見捨てられた町にはモデルがある。ベルギーでかつて栄えた海運都市、ブリュージュ。13世紀ごろには海運のためにヴェネツィアなみの財力と人口を誇ったが、15世紀ごろに廃れて衰退した。さて現在、世界にはふたつのブリュージュがある。ひとつは、衰退から復活し、明るい観光都市となったブリュージュ。もうひとつは、衰退の幻影を引き延ばし続けた架空のブリュージュ。画家が描いたのは後者、ローデンバックが構築した小説世界が編んだ幻影の町だった。画家は現地にはいっさい足を向けず、幼少の記憶と『死都ブリュージュ』から想起するイメージだけをたよりに、存在するが存在しない、幻影の町を描いた。
- 作者:G. ローデンバック
- 発売日: 1988/03/16
- メディア: 文庫