キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

☆☆☆

『侍女の物語』マーガレット・アトウッド

わたしたちは二本の脚を持った子宮にすぎない。聖なる器。歩く聖杯。−−マーガレット・アトウッド『侍女の物語』 女は男の所有物 2017年、Huluがディストピア小説『侍女の物語』をドラマ化して人気を博しているという。トランプ政権になって『1984年』ととも…

『密林の語り部』バルガス=リョサ

<<私たちと違って、語り部のいない人々の生活は、どんなにみすぼらしいものだろう>> −−バルガス=リョサ『密林の語り部』 物語は救う 炎天下の7月末、室内で1日中ただ座っているべし、連絡を待て、ただ待て、という業務命令を受けたので、リョサリョサ『密林…

『パラダイス』トニ・モリスン

彼を怒らせたのは、この街、これらの住民たちの何だろう? 彼らが他の共同体とちがうのは、二つの点だけだ。美しさと孤立。−−トニ・モリスン『パラダイス』 楽園で育つ殺意 自分がいる共同体に不満を抱く人間、なじめない人間がとりうる選択肢は3つある。 共…

『大いなる不満』セス・フリード

それがゆえに、諸君のような若き科学者の多くは、ドーソンの研究に人生を捧げるようになっていく。その主題を扱う長く感傷的な博士論文によって大学図書館はどこも溢れかえらんばかりになっており、多くの論文は取り乱したラブレターのように書かれる傾向に…

『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ

もし自分と似たような人たちとだけ交流すれば、このいやらしさも消えて、また元どおりの気分になれるのだろう。でもそれも何かちがう気がした。結局わたしは、いやらしくたって仕方がないしそれでいいんだ、と思うことに決めた。だってわたしは本当にちょっ…

『アメリカ大陸のナチ文学』ロベルト・ボラーニョ

その教訓は明白だ。民主主義の息の根を止めなければならない。なぜナチはあれほど長生きなのか。たとえばヘスだが、自殺しなければ、百歳まで生きただろう。何が彼らをあれほど生きながらえさせるのか。何が彼らを不死に近い存在にしてしまうのか。流された…

『イザベルに ある曼荼羅』アントニオ・タブッキ

死とは曲がり道なのです、死ぬことはみえなくなるだけのことなのです。 アントニオ・タブッキ『イザベルに ある曼荼羅』 さいなむ悔恨 この世で生きることはあみだくじのようなもので、わたしたちはおびただしい選択をくりかえしながら、人生という不可逆の…

『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ

「しかし、霧はすべての記憶を覆い隠します。よい記憶だけでなく、悪い記憶もです。そうではありませんか、ご婦人」 「悪い記憶も取り戻します。仮に、それで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか」…

『カンポ・サント』W.G.ゼーバルト

写真が人の胸をあれほど衝くのは、そこからときおり不思議な、なにか彼岸的なものが吹き寄せてくるからである。——W.G.ゼーバルト『カンポ・サント』 傍らにいるのだ、死者は ゼーバルトは、どの町を歩いていてもいずれはの第二次世界大戦の瓦礫に漂着すると…

『火葬人』ラジスラフ・フクス

「あいつはどうかしている。いつもこうなんだ。大虐殺の現場に連れていかれるとでも思っているんだ……」 ——ラジスラフ・フクス『火葬人』 ホロコーストという“慈善” 心電図が停止しながらも生きている人間は、じつはけっこういるのかもしれない。心臓は動いて…

『タイガーズ・ワイフ』テア・オブレヒト

祖父はようやく口を開いた。「分かるだろう、こういう瞬間があるんだ」 「どんな瞬間?」 「誰にも話さずに胸にしまっておく瞬間だよ」 ——テア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』 トラの嫁と、不死身の男 まずはわたしの話からはじめよう。曾祖父が曾祖母と…

『デカメロン』ジョヴァンニ・ボッカッチョ

この世の中では、誰でもとれるだけとっておくのがよろしい、ことに女の場合はそうですよ。女は使えるあいだに、男よりも時間を有効に使わねばなりません。——ジョヴァンニ・ボッカッチョ『デカメロン』 私は恋愛の経験なしには、いかなる人間も特や情をもつこ…

『カンタベリー物語』ジェフリー・チョーサー

「この盗っ人やろう、わたしを殺しやがったな。わたしの地所をとろうと思ったんだろう。でも死ぬ前に、おまえと接吻したいものだ」——ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』 中世英国バラエティ番組 いつの時代どの土地であっても、ゆかいな物語は人々…

『死都ブリュージュ』ジョルジュ・ローデンバック

彼女は彼にとって、生きうつしの、明確な姿をした思い出だった。 ——ジョルジュ・ローデンバック『死都ブリュージュ』 町と自分と女の区別がつかない ベルギーの画家フェルナン・クノップフによる『見捨てられた町』*1を見たとき、なんて幻想文学の表紙にうっ…

『ギリシア神話を知っていますか』阿刀田高

この世界という不思議 ギリシア神話はどこかファム・ファタルめいている。いちど読み始めるとその深さにはまり、砂時計に入ったように抜け出せない。次から次へと知りたい物語が増え、この神はどの神と浮気をしたのか、親子関係はどうなっているのかが気にな…

『宝島』ロバート・ルイス・スティーブンスン

死人箱島に流れついたは十五人ヨー、ホッ、ホー、酒はラムがただ一本——ロバート・ルイス・スティーブンスン『宝島』 だめな海商紳士 なんという語りの魅力だろう。<ベンボウ提督亭>、<遠眼鏡亭>、片足の老海賊、秘密の地図、宝島の蛮人、仕事人の鑑のよ…

『ジーキル博士とハイド氏』ロバート・ルイス・スティーブンスン

彼らの言うことは一致していた。それは、その逃亡者が彼を目撃した人たちに言うに言われぬ不具という妙に深い印象を与えたということだった。——ロバート・ルイス・スティーブンスン『ジーキル博士とハイド氏』 身勝手であることの醜悪さ あまりにも有名なこ…

Patience (After Sebald)、あるいはW.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』

2001年、W.G.ゼーバルトは車の運転中に心筋梗塞をおこし、イングランド東部の道路で気を失ったまま横転した。57歳、早すぎる死だった。つねに抑制した筆致で、アクセルを踏むこともブレーキを踏むこともなく、記憶と記録を地すべりし続けた作家が、加速する…

『ケルトの神話』井村君江

「あなた方ケルト民族が、もっとも恐れるものは何でしょうか?」 巨大なたくましい体をした、ケルトの戦士たちはこう答えました。 「わたしたちは、どんな人間も恐れません。ただわたしたちが恐れるのは、空がわたしたちの上に落ちて来ないか、ということだ…

『ヘンリー五世』ウィリアム・シェイクスピア

王の責任か! ああ、イギリス兵一同のいのちも、 魂も、借金も、夫の身を案じる妻も、こどもも、 それまでに犯した罪も、すべて王の責任にするがいい! おれはなにもかも背負わねばならぬ。——『ヘンリー五世』ウィリアム・シェイクスピア 王冠を戴く人柱 こ…

『クララからの手紙』トーベ・ヤンソン

成績表なんて気にしないこと。パパとママに言いなさい。両の手を使って美しいものを造るというのは、場合によってははるかに大切な能力なのだと。——トーベ・ヤンソン『クララからの手紙』 気難しくも優し 他者のために己の心を殺すことは、優しさではない。…

『恋の骨折り損』ウィリアム・シェイクスピア

姫! どうか戦闘準備を! ご婦人がたも武装なさい! 敵襲です、平和の夢を むさぼってはおられません。恋が変装してやってきます。——ウィリアム・シェイクスピア『恋の骨折り損』 誓いよりやっぱり恋 恋の前には、どんな誓いも論理も通用しない。王様も貴族…

『すばらしい新世界』オルダス・ハックスリー

「しかし、それが安定のために、われわれが払わなくちゃならない犠牲なのだ」——オルダス・ハックスリー『すばらしい新世界』 完璧で幸福な世界 人に、涙は必要だろうか? “Brave new world”、尊敬すべき自動車王フォードを崇拝し、十字架のかわりにT字架が信…

『男の事情 女の事情』ジョン・マクガハン

「これを忘れたんでね」とバーテンの無言の質問に答えて言った。その小さな素振りひとつひとつを演じることが、痛みを和らげてくれるかのようだった。——ジョン・マクガハン「僕の恋と傘」 誰にも事情はある アイルランドの苦みに刺されたいと思う時期は、冬…

『バベットの晩餐会』イサク・ディネーセン

至福千年のときを彼らは一時間だけ与えられたのだ。——イサク・ディネーセン『バベットの晩餐会』 料理の芸術 デンマークといえば、わたしの友人宅に居候していた饒舌なデンマーク人のことを思い出す。彼は友人が秘蔵していた日本酒をわがもの顔で空けては「…

『厳重に監視された列車』ボフミル・フラバル

じいさんは真向からひるまず戦車に向って進んで行き、両手を一杯に延ばし、両の眼でドイツ兵たちに念力を注ぎ込んでいた……「ぐるっとまわって帰っていけ……」すると本当に先頭の戦車が停止し、全軍団がその場に立往生した、じいさんは先頭の戦車に指をふれ、…

『マハーバーラタ ナラ王物語―ダマヤンティー姫の数奇な生涯』

「ナラ王様が苦難に陥り、不幸になった呪いの張本人、そ奴に、わたくしどもの不幸よりもっと大きな不幸でも起こればよい。邪心のないナラ王様を悪人めがこうしてしまった。ナラ王様のよりもっと大きな不幸に見舞われて、不仕合わせな生涯を送るがよい」 そし…

『ナペルス枢機卿』グスタフ・マイリンク

私たちがなしとげる行為には、それがいかなるものにもあれ、魔術的な、二重の意味があるのだ、と。私たちには、魔術的でないことは、何ひとつできない――。——グスタフ・マイリンク『ナペルス枢機卿』 おぞましき、この現世 真夏の日照りが続くさなかにマイリ…

『野性の蜜 キローガ短編集成』オラシオ・キローガ

「これは蜜だ」体の奥から食欲が涌きあがってくるのを感じながら、公認会計士は独りごちた。「蜜のいっぱい詰まった、蜂の巣房に違いない……」――オラシオ・キローガ「野性の蜜」 飲み干す死 作家が死をどうとらえ、どう描くかが気にかかる。シェイクスピアは…

『遊戯の終わり』フリオ・コルタサル

大きくカーブした線路が家の裏で直線に変わるそのあたりが、わたしたちの王国だった。——フリオ・コルタサル『遊戯の終わり』 異界への落下 夏になると南米文学に手がのびるのはここ数年来の習性で、モヒートを飲みながら南米の短編をつまむことを、夜な夜な…

『事の次第』サミュエル・ベケット

聞いたとおりにわたしは語るそれから死もし死がいつかは来るものならそれでかたづく死んでいく——サミュエル・ベケット『事の次第』 狂人の脊髄 これは奇書ですよ、といって手渡された。 一時期、探しまわっていたのだが、あまりに見つからないので、わたしの…

『ジョン王』ウィリアム・シェイクスピア

王 このように太陽が天に輝き、この世の楽しみが、 いたるところに目につく誇らしげな真昼間は、 あまりにも浮き浮きし、あまりにもけばけばしくて、 どうも話がしにくい。—ーウィリアム・シェイクスピア『ジョン王』 揺れる王 ジョン王(1167-1216)は、イ…

『アテネのタイモン』ウィリアム・シェイクスピア

偉大なタイモンだ、高潔、高尚、高貴なタイモン公だ! だが、ああ、そのようなほめことばを買う金がなくなると ほめことばを言う声もなくなってしまうのです。 ごちそうの切れ目が縁の切れ目、冬の氷雨が降りはじめると 青蠅どもは身をかくすのです。——ウィ…

『チェスの話 ツヴァイク短篇選』シュテファン・ツヴァイク

あらゆる種類のモノマニア的な、ただひとつの観念に凝り固まってしまった人間は、これまでずっと私の興味をそそってきた。人間は限定されればされるほど一方では無限のものに近づくからである。――シュテファン・ツヴァイク「チェスの話」 ささやかで重大な災…

『無慈悲な昼食』エベリオ・ロセーロ

“彼らは僕を昼食と見なしている”——エベリオ・ロセーロ『無慈悲な昼食』 獣になる ふしぎなものだ、「慈悲の昼食」という名がこれほど無慈悲に響くとは。 原題は"Los almuerzos"、「昼食」というとおり、木曜日の正午12時から金曜日までの12時までの1日を描く…

『地図集』董啓章

さらに過激な議論もあり……この理論によれば、地図上のすべての場所は取替地であり、どんな場所もかつてはそれ自身ではなかったし、永遠に別の場所に取り替えられるのである。――董啓章「地図集」 地図は小説 『千と千尋の神隠し』で、湯婆婆(ゆばーば)は千…

『ヘンリー六世』ウィリアム・シェイクスピア

ああ、栄華も権勢も、しょせんは土と埃にすぎぬのか? 人間、どう生きようと、結局は死なねばならぬのか?——ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー六世』 足を踏みならして貴族と王族が輪になって踊っている。それは権力争いの踊りで、踊り手は増えては消え…

『ペインテッド・バード』イェジー・コシンスキ

ぼくは神の御子を殺したことの償いのためにこんなにたくさんのユダヤ人の命がはたして必要なのだろうかと思った。この世界はやがて、ひとを焼くための、ひとつの大きな火葬場になるだろう。司祭さんだって、すべては滅び、「灰から灰に」帰する運命にあると…

『他人まかせの自伝――あとづけの詩学』アントニオ・タブッキ

運転手は親切に聞いてくれました。どちらへお連れしましょうか。ある物語から抜け出したいのです。わたしは混乱しつつ、つぶやきました。行き先はどこでもいい、物語から逃げ出す手助けをしていただければ。わたしが作りだした物語ですが、今はそこから抜け…

『遠い水平線』アントニオ・タブッキ

「どうして、彼のことを知りたいのですか」 「むこうは死んだのに、こっちは生きてるからです」——アントニオ・タブッキ『遠い水平線』 目の中に水平線 見知らぬ人が死んでいる。今もどこかで、近くの路地で、遠い部屋の片隅で。だが、死はふだんの生活からは…

『ラテンアメリカ五人集』

<ちんこ>、君、ターザンになったな、一日一日、いい身体になって行くみたいだぜ、とぼくらはいったものだった。ーーバルガス・リョサ「子犬たち」 cinco autores ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)作者: M バルガス=リョサ,シルビーナオカンポ,M.A.アスト…

『パラケルススの薔薇』ホルヘ・ルイス・ボルヘス

「一輪の薔薇は、あっけなく燃え尽きるはずです」と弟子は挑むように言った。 「暖炉にまだ火が残っている」とパラケルススは応じた。 「この薔薇を火中に投ずれば、それは燃え尽きたと、灰こそ真実だと、おまえは信じるだろう。だが、よいか、薔薇は永遠の…

『ナボコフのドン・キホーテ講義』ウラジミール・ナボコフ

『ドン・キホーテ』はこれまで書かれた中で最高の小説だと呼ばれてきた。もちろん、これはナンセンスだ。事実は、世界中の最大傑作の一つでさえないのだ。——ウラジミール・ナボコフ『ナボコフのドン・キホーテ講義』 ナボコフ先生は猥雑なものがお嫌い どこ…

『黄色い街』ベーツァ・カネッティ

まったく奇妙な界隈である、この黄色い街というところは。不具者や、夢遊病者や、狂人や、絶望した者や、人生に飽きあきした人間がひしめいている。——ベーツァ・カネッティ『黄色い街』 沈黙の激情 ベーツァ・カネッティは、ブルガリア生まれのノーベル賞作…

『聴く女』トーベ・ヤンソン

寒さと暗さに守られているほうが互いをやりすごしやすい。いまは立ちどまって春ですねと話しあう。そのうち寄ってよとわたしは言う。もとより本気ではない。――トーベ・ヤンソン「春について」 吐く息は白い 今年の冬は長かったように記憶している。冬が長け…

『ユビュ王』アルフレッド・ジャリ

ユビュ親父 そうかも知れん。だがわしは政府を変えちまったし、今後はすべての税金を二倍にふやし、指定された者はとくに三倍の税金を支払うよう、官報で通告したのじゃ。かかる方法によって、わしは速やかに大金持ちとなり、かくしてありとあらゆる者を皆殺…

『ブルターニュ幻想民話集』アナトール・ル=ブラーズ

プレスタンに住んでいた老人が、ある盤、ドゥーロン川の土手で一人の女と出会いました。お女は土手に腰かけ、川を見つめていました。過疎の村ランムールを去ってラニオンへ行く途中でした。 女は、「ねえ、おじいさん! 私を型に乗せてこの川を渡していただ…

『オスカー・ワオの短くも凄まじい人生』ジュノ・ディアス

髪を切って、メガネを外して、運動しなさい。エロ本を捨てなさい。あれは最悪よ。ママも嫌がってるし、あんなもの見てたら彼女なんてできない。——ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短くも凄まじい人生』 君はヒーロー 百貫デブで重度のオタク、年齢=彼女…

『脱獄計画』アドルフォ ビオイ・カサレス

今からわたしは、科学者であることをやめて、科学のテーマの一つになる。今からはもはや苦痛を感じず、ブラームスの第四交響曲第一楽章の最初のモチーフに(永遠に)耳を澄ますことになるのだ。——アドルフォ ビオイ・カサレス『脱獄計画』 島という牢獄 共感…

『移民たち』W.G.ゼーバルト

――彼らはこうやって還ってくるのだ、死者たちは。——W.G.ゼーバルト『移民たち』 死者の記憶 低くささやくような声で、4人の移民たちの人生が語られる。ドクター・ヘンリー・セルウィン、パウル・ベライター、アンブロース・アーデルヴァルト、マックス・アウ…