ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ|人類全体の世話人

「信じられるか、この世界? 愛するしかないよな」
−−リチャード・パワーズ囚人のジレンマ

人類全体の世話人

誰かを信じるには、それなりの時間と勇気を必要とする。それに比べて、不信感を抱くのはもっとずっとお手軽だ。疑いを抱くことも、自分を守るもっともらしい理由を見つけることも、利用することも、裏切ることも、少しの罪悪感を犠牲にするだけで事足りる。

裏切られた人間は、報復のために、別の誰かを犠牲にする。自分は傷つけられたから誰かを傷つけてもいい、その権利がある、利口な人間なら裏切るべきだ、と口にしながら。そうして、不信感は世界にあっというまに蔓延していく。

不信感まみれになった世界で、なお「他者を信じよう」「この世界を愛そう」とする人間は、なんと呼ばれるだろうか? 

お人好し、理想主義者、ネギをしょったカモ、愚か者、狂人。そして、ホブソン一族の父。

囚人のジレンマ

囚人のジレンマ

 
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『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ|人間はいやらしい、だが、それでいい

もし自分と似たような人たちとだけ交流すれば、このいやらしさも消えて、また元どおりの気分になれるのだろう。でもそれも何かちがう気がした。結局わたしは、いやらしくたって仕方がないしそれでいいんだ、と思うことに決めた。だってわたしは本当にちょっといやらしいんだから。ただしそう感じるだけではぜんぜん足りないという気もした。他に気づくべきことは山のようにある。−−ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』

人間はいやらしい、だがそれでいい

 ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』を読んだ時、この人はなんて自分や他人のいやらしいところ、細かい行動や感情の機微をすくいとるのがうまいんだろう、と驚いた記憶がある。

人間は誰しも自分の汚いところや弱いところ、いやらしいところは見たがらない。語らないか、もっともらしい理由をつけるか、記憶を改竄するか、きれいさっぱり忘れてしまうか。

小説家も例外ではない。小説を読む醍醐味のひとつは、作者がなにを暴きなにを隠そうとしているか、を読み説いていくことだと思っている。その観点でいえば、ミランダ・ジュライは素直な作家だ。みずから「自分はいやらしい」と言ってしまっているのだから。

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

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『ハザール辞典』ミロラド・パヴィチ


 ハザール族とは、大昔に世界の舞台から姿を消した古い民族である。その諺のひとつに言うーー霊魂にも骸骨がある、それは思い出でできていると。

ーーミロラド・パヴィチ『ハザール辞典』

幻の王国、奇想、召喚魔法

セルビアの作家ミロラド・パヴィチは、中世に生きていたらまちがいなく錬金術師か魔術師になろうとしていただろう。彼の作品は「召喚魔法」である。実在した幻の国、架空の物語、悪魔、転生する人間たちの物語という点と点とつなぎあわせ、巨大な「世界」を召喚しようとする。


ハザール事典 女性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ)

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ハザール事典 男性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ)

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『アメリカ大陸のナチ文学』ロベルト・ボラーニョ|継承されたナチズム


その教訓は明白だ。民主主義の息の根を止めなければならない。なぜナチはあれほど長生きなのか。たとえばヘスだが、自殺しなければ、百歳まで生きただろう。何が彼らをあれほど生きながらえさせるのか。何が彼らを不死に近い存在にしてしまうのか。流された血? 聖書の飛行? 跳躍した意識?

ーーロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』

繼承されたナチズム

ギリシャのアテネに滞在中、厳戒態勢に遭遇したことがある。町の中央にあるシンタグマ広場に向かおうとしたが何度試しても鉄道が駅を通過してしまう。駅員に理由を尋ねても「Go home. Go home」と地球外生命体のように繰り返すばかりなのでTwitterで検索してみたところ、極右政党「黄金の夜明け」の信望者が対立者と衝突を起こし、爆発事件を起こし、広場が路上も地下鉄も完全封鎖されていることを知った。

「黄金の夜明け」はネオナチ政党とも呼ばれ、強烈なナショナリズムと排他主義を掲げ、経済状態が極めて厳しいギリシャで議席を伸ばしている。

21世紀になっても、ナチ思想は生き延びている。ギリシャでも、アメリカ大陸でも。


アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

 

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『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ|愛は五本足の怪物


「だめよ」と彼女はほほえみながら言った。「だめ」
「そうしたら何もかもが変わるんだが」とハンバート・ハンバートが言った。

ーーウラジミール・ナボコフ『ロリータ』

愛は五本足の怪物

はじめて『ロリータ』を読んだのは10年前、海外文学を読みはじめてまもない頃だった。「文庫で値段が手頃&名作」というわかりやすさから手にとり、あの衝撃的な書き出し「ロリータ、我が命の光、我が腰の炎」の洗礼を受けた。

この書き出しは、われらが変態ハンバート・ハンバートの露悪めいた恍惚、純度の高い狂信を凝縮した名文で、10年たった今もほぼ変わらずに、口蓋を三歩も百歩も叩いてくる。ロ。リー。タ。


ロリータ (新潮文庫)

ロリータ (新潮文庫)

 

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『八月の光』ウィリアム・フォークナー

彼はそれを考えて静かな驚きに打たれた――延びてゆくのだ、数知れぬ明日、よくなじんだ毎日が、延びつづいてゆくのだ、というのも、いままでにあったものとこれから来るはずのものは同じだからだ、次に来る明日とすでにあった明日とはたぶん同じものだろうからだ。やがて時間になった。
――ウィリアム・フォークナー『八月の光』 

邪気眼、非モテ、地母神

八月なので『八月の光』を読もう、と気軽に思い立ったのがそもそもまちがいだった。血のにおいがただよう精神に正面から生暖かい吐息をふきかけられ、暑気払いどころか脳髄がのぼせかけた。

もっとも、フォークナーでさわやかな気持ちになったことはない。『アブサロム、アブサロム!』はとぐろを巻く自意識の濁流と衝撃の結末に身悶え、『響きと怒り』は初見殺し率85%(推定)の白痴オープニングで頓死しかけ、『八月の光』では主人公のあまりの邪気眼に黒歴史の門が開きかけた。

それでもフォークナーを読むのは、彼が描く生きづらさ、特に男の生きづらさについての描写がすさまじく、心をめった刺しにしてくるからだ。

南部、南部、ヨクナパトーファ、なんという修羅の土地。

八月の光 (新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)

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ガイブン初心者にオススメする海外文学・ハードカバー編

溶けていく左足を回収しながらほうほうのていで巣に帰り、ぐうたらと引きこもって蜜酒を飲んでいたら、今年はまだ夏休みの自由研究をしていないと気がついた。そういうわけで、以前に書いた「ガイブン初心者にオススメする海外文学・文庫編」のハードカバー編である。

なぜわたしは海外文学のハードカバーを読むか

ばかなの? というぐらい当たり前のことを書くが、ハードカバーは文庫に比べて高い。特に翻訳小説は、小数部数、初版どまりですぐ絶版、翻訳権と翻訳料の支払いエトセトラという五十重苦を背負っているため、最低でも2000円、平均で3000円ほどする。

※五十重苦

よく訓練されたガイブン勢は、名菓ヒュアキントスまんじゅうのために5000円、古本屋で見つけたら1週間の食費を奉納して確保すべしと言われていたマルセル・シュオッブの復刊全集に1万5000円など、ガイブン租(国書刊行税)・庸(白水税)・調(作品社税)を喜んで支払うが、彼らがいう「安いよ! お得だよ!」は、ガイブン国(北欧諸国に匹敵する)物価水準なので信じてはいけない。


正直なところ、ちょっと興味がある勢はまず文庫からいくのが、お手軽でいいと思う。だが、文庫沼は限られている。ほぼすべての海外文学はハードカバーで刊行され、運がよければ文庫化される。ハードカバー沼のみに存在するすばらしい書物はたくさんある。

なぜわたしが資金と時間をかけて満身創痍になってまで読むのかといえば、これらの本はわれわれの想像力を超えた世界、驚異、深淵を見せてくれるからだ。手を伸ばさなければ知らない驚異の世界がハッピースマイルの顎を開けて待っている。まずは文庫、そしてさらにおもしろいと思ったら、ぜひハードカバー沼にまで足をつけてみてほしい。こっちの沼は甘いよ。


さて、いつもどおり前置きが長くなったが、本編である。ハードカバー編は、文庫編の基準を踏襲して選んだ。

  • すぐに手に入る(絶版でない)※2015年8月現在
  • 2000円-3000円台(ガイブン国基準で安い)
  • 訳がわりと新しい(読みやすい)
  • 長すぎない
  • 本ブログで☆405をつけた、わたしが好きな本

社畜クラスタ必読

アメリカン・マスターピース 古典篇 (柴田元幸翻訳叢書)

アメリカン・マスターピース 古典篇 (柴田元幸翻訳叢書)

アメリカ文学。翻訳妖怪シバニャン先生が訳したアメリカの古典中の古典を集めた1冊。特にメルヴィル「書写人バートルビー」とホーソーン「ウェイクフィールド」は「外れてしまった人たち」の物語で、記録と記憶に強烈な爪痕を残していく。バートルビー症候群なる重大な病があり、読んだからには会社で「そうしない方が好ましいのですが」と言わずにはおれなくなる。カフカ『変身』とともに、社畜クラスタは必読の書。

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『イザベルに ある曼荼羅』アントニオ・タブッキ

死とは曲がり道なのです、死ぬことはみえなくなるだけのことなのです。

アントニオ・タブッキ『イザベルに ある曼荼羅』

後悔という不治の病

この世で生きることはあみだくじのようなもので、わたしたちはおびただしい選択をくりかえしながら、人生という不可逆の線上を走っている。

右か左か、寝るか起きるか、魚料理か肉料理か、笑うか怒るか、こんばんはかさようならか、この手を取るか取らないか。ほとんど無意識のうちに、わたしたちは息を吸うごとになにかを選び、なにかを捨てている。

岐路は目の前にあるときは岐路とわからず、通りすぎてしばらくして肩越しに振り返り、それと気づく。「あの時ああしていれば」という思いを人はを「悔恨」と呼び、アントニオ・タブッキは「帯状疱疹」と書いた。これは、「なにもかも帯状疱疹のせいだ」と書き残して死んだ男の、病と治癒の物語である。

「わたしはよく、こんな風に思うのです。帯状疱疹というのは、どこか悔恨の気持ちに似ているとね。わたしたちのなかで眠っていたものが、ある日にわかに目をさまし、わたしたちを責めさいなむ。そして、わたしたちがそれを手なずけるすべを身につけることによって、ふたたび眠りにつく。でも、けっしてわたしたちのなかから去ることはない」 アントニオ・タブッキ『レクイエム』

イザベルに: ある曼荼羅

イザベルに: ある曼荼羅

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『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ

「しかし、霧はすべての記憶を覆い隠します。よい記憶だけでなく、悪い記憶もです。そうではありませんか、ご婦人」
 
「悪い記憶も取り戻します。仮に、それで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか」
カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

埋められた記憶

人間はなぜこうも傷つきやすい生き物なのだろうか。生物としてはもはや非合理といえるほどあっけなく、われわれ人類はささいなことで傷つき、痛みを抱えて苦悶する。

一方で、人間はなぜこうも忘れやすい生き物なのだろうか、とも考える。あの日の燃える喜びも空の青さを呪う激痛も、そのままに抱え続けられる人は多くない。しかしだからこそ人間は、傷つきやすいというこの致命的な長所を抱えながらも生き延びられたのだ、とも思う。

忘却は喪失でもあり、恩寵でもある。

忘れられた巨人

忘れられた巨人

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電子書籍(Kindle)で読めるオススメ海外文学

ここのところ、海外文学を読んだことがない人に海外文学を読んでもらう方法を模索していて、こんな記事を書いた。



この記事を読んだ人から「本を置く場所がないし持ち運びが重いから、電子書籍の海外文学リストが欲しい」というリクエストをもらったので、「電子書籍(Kindle)で読めるオススメ海外文学」リストをつくってみた。

いわゆる名作と呼ばれる王道どころからKindle化する傾向にあるので、今回のリストは有名なタイトルが多め。中でも、わたしがおもしろいと思うものを重点的に選んだ。

  • チャールズ・ディケンズ『ピクウィック・クラブ』
  • ハーマン・メルヴィル『白鯨』
  • エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
  • ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
  • エドガー・アラン・ポー『黒猫/モルグ街の殺人』
  • セルバンテス『ドン・キホーテ』
  • アゴタ・クリストフ『悪童日記』
  • カフカ『変身』
  • アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』
  • チェスタトン『木曜日だった男 一つの悪夢』
  • レフ・トルストイ『イワン・イリイチの死』
  • プルースト『失われた時を求めて』
  • レーモン・ラディゲ『肉体の悪魔』
  • サン=テグジュペリ『夜間飛行』
  • アントン・チェーホフの作品
  • ヒョードル・ドストエフスキーの作品
  • カート・ヴォネガット・ジュニアの作品
  • ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイクガイド」シリーズ
  • ウィリアム・シェイクスピアの作品
  • ギリシャ神話
  • ケルト神話
  • 沼野充義『世界は文学でできている』
  • ウラジミール・ナボコフ『ナボコフの文学講義』
  • 米原万里『打ちのめされるようなすごい本』
  • 須賀敦子『遠い朝の本たち』
  • これまでにつくった海外文学リスト
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『ヨブ記』

しかし わたしは全能者に語りたい、わたしは神に抗議したいと思うのだ。——『ヨブ記』

理不尽な神に抗う

神様はあなたたちの行いをすべて見ています、だからいい子でいるのですよ、そうすれば神様は神の国へ迎えいれてくれますという言葉が、百歳のシスター・イメルダの口癖だった。教会の幼稚園にかよっていたころ、いたずらをすると百合に囲まれたマリア像の前でひざまずき、わたしたち悪童どもは許しを乞いたものだった。

神への畏怖は教育に組みこまれていたが、五歳のわたしにとって神の千里眼への恐れや天国への憧れはあまりなく、むしろまばゆい五月の木漏れ日の下で、わたしは神の存在を信じた。こんなに美しい世界をつくれるのは、神だけではないかと。

無邪気だった。わたしの目には、血で血を洗う闘争も、緑色の目をした嫉妬も、力を欲する弱さも、愛を求める咆哮も、望んで叶わぬ痛みと悲しみも、痛みと怒りの連鎖と負債の継承も、なにも見えていなかった。


人間はいつかおのれと世界の汚濁を見る。他者からの暴力に驚き、傷と痛みにおののいたとき、神を信じる人間はとまどう。

なぜ、すべてを見とおす全能の神がいるなら、これほどの悪と苦しみがあるのだろうか?
なぜ、誠実に生きようとしている自分よりも、他者を利用する悪徳が栄えるのだろうか?
神はつねに正しいから災厄をもたらすのか、それとも神は誤ちを犯すのだろうか?

すべてを神に与えられ、すべてを神に奪われた男ヨブは、神を心の底から信じながら抗議し挑戦するという、およそ人類には不可能なことをやってのけた。

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

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『カンポ・サント』W.G.ゼーバルト|傍らにいるのだ、死者は

写真が人の胸をあれほど衝くのは、そこからときおり不思議な、なにか彼岸的なものが吹き寄せてくるからである。——W.G.ゼーバルト『カンポ・サント』

傍らにいるのだ、死者は

ゼーバルトは、どの町を歩いていてもいずれ第二次世界大戦の瓦礫に漂着する、希有な難破の才能をもっている。彼は旅にまつわる散文をいくつか残しているが、彼が訪れた土地すべてが地続きのひとつの荒野であるような気がしてならない。

陰鬱な英国の海岸も、陽光ふりそそぐ南のコルシカ島も、第二次世界大戦の瓦礫の山も、彼の筆にかかればすべてが「死者がざわめくモノクロームの追憶」となる。ゼーバルトは端から見れば観光客だろうけれど、彼は観光客が見ているものを見ていない。アウステルリッツとは彼だったのだと思い知る。

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『ワインズバーグ・オハイオ』シャーウッド・アンダソン

自分以外のものの声が、人生には限界がある、とささやきかけてくる。自分自身と自分の将来について自信に溢れていたのが、あまり自信のない状態に変る。もしそれが想像力ゆたかな青年ならば、一つの扉が無理矢理こじあけられ、生まれてはじめて眼にする世界の姿が見えてくる。  シャーウッド・アンダソン『ワインズバーグ・オハイオ』

自意識の箱庭

人間は、見たい自分像を見る。有能な自分、愛され尊敬される自分、社会的名誉を得る自分、異性を惹きつける魅力を持つ自分、凡庸な人たちとは異なる“変わっている自分”を切望する。

だけど現実はだいたいその理想とは違っていて、わたしたちは英雄でも姫君でもないという現実が目の前に立ちはだかる。諦めて現実を受け入れる人たちもいれば、理想のために邁進する人もいるし、目の中に丸太を入れて自分の見たい幻想をこそ「真実」と呼ぶ人たちもいる。シャーウッド・アンダソンは、彼らにとって真実を求める「グロテスクな人たち」の自意識と生態を、架空の田舎町ワインズバーグに書きこんだ。

ワインズバーグ、オハイオ (新潮文庫)

ワインズバーグ、オハイオ (新潮文庫)

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

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『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

あなたは悪くない。もしかしたらそれは、わたしがずっと誰かに言ってあげたかった、そして誰かに言ってほしかった、たった一つの言葉なのかもしれなかった。 ミランダ・ジュライ「共同パティオ」

孤独の黒歴史

なぜわたしはわたしの人生の主人公なのに、こうもうまくいかないのだろう。運のせいだし、占いの結果が良くなかったからだし、残りのすべては社会と別れた恋人のせいだ。どうしてだろう、ほかの人はみんな幸せそうなのに。わたしは悪くない。君は悪くない、すべて受けとめる、愛していると言ってほしい。イケメンに優しくしてほしい。結婚したい。ぬこかわいい。

『いちばんここに似合う人』を日本ぽく表現してみると、こんな感じになるだろうか。孤独を感じるすべての人の心をえぐりにかかってくる短編集である。天井知らずの理想と自意識と、みすぼらしくひとりぼっちの自分というこの耐えがたい落差を、ジュライは容赦なくあばいてさらけ出す。

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

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『彼方なる歌に耳を澄ませよ』アリステア・マクラウド

山々はわれらをわかち、茫漠たる海はわれらを隔てる――それでもなお血は強し、心はハイランド。 ――アリステア・マクラウド『彼方なる歌に耳を澄ませよ』

血は水よりも濃い

スコットランド人に会ったら、まず言われること。イングランドとスコットランドを絶対に言いまちがえてはいけない。料理がまずいのはイングランドであって、スコットランドを一緒にしないでほしい。ハギスとウィスキーとバグパイプは最高だ。そして、イングランドとスコットランドを絶対に言いまちがえてはいけない。

日本人にとって「英国」という国はロンドンやイングランドのイメージとつながりがちだが、ブリテン島の北半分はスコットランドが占めている。スコットランドは英国連邦内にとどまりながらほぼ独立国家であり*1、そのアイデンティティと誇り高さは上記の言葉にも現れている。

海を数千キロも隔てたカナダのケープ・ブレトン島に住むアリステア・マクラウドの祖先は、こういう土地から来た人々だった。6代たってもなお、彼らはゲール語で話し、ゲール語の歌を歌い、バグパイプのCDを鳴らし、フィドルを弾きウィスキーをかっくらいながら踊る。それでもなお血は強し、心はハイランド。これは、血と塩と氷でできた一族の物語である。

彼方なる歌に耳を澄ませよ (新潮クレスト・ブックス)

彼方なる歌に耳を澄ませよ (新潮クレスト・ブックス)

*1:2014年は独立投票で世界中の注目を集めた。

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